2012年11月5日月曜日

☆フリー★ダライ・ラマが横浜に来られていたようですね☆



あまりにも、色々ありすぎる今の日本。腹立つ事も多いです。

原発の事、オスプレイの事、先日の遠隔操作ウィルスの事もそうですね。

でも、どんなに辛くても助けの手を差し伸べてくれる人はいると思います。

どうしても、いないと感じるのでしたら電話相談なんかもありますし、話しをされてみるのも良いと思います。

自分が出来る事を一所懸命に行なっていれば、回り回って誰かの助けになると思いますし、誰かからも助けてもらえると思います。

4日、ダライ・ラマが横浜で公演をされたそうですね。大切な言葉だと感じます。




 来日中のチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が4日、横浜市西区のパシフィコ横浜で講演し、東日本大震災でダメージを受けた人々に「未来や社会を再建するため、前を向いて歩くことが重要。つらくても決意と勇気を持ってこれから先のことを考えてほしい」と励ましのメッセージを送った。参加者との質疑で語った。 同時に「日本社会は協力の精神が行き渡っている。どれだけ苦しくてもあなた1人ではなく、助けの手を差し伸べてくれる人がいるはず」と力づけた。














2012年10月30日火曜日

☆時事ネタ★「東日本大震災から災害医療を考える」に行ってました☆



今回は、時事ネタと言うわけではないのですが、10月27日の土曜日、「東日本大震災から災害医療を考える」という講演会に行っていましたので、そのことと、講習会を聴いて思った事を話しています。

講習会では、石巻で被災しながらも医師として働いてくれた方も居れば、地震から2時間後に石巻に向かってくれた方々もいました。

あの、災害の中で動いてくれた事に本当に感謝したいと思います。

ただ、その話を聞きながら、関東に巨大地震が来たときのことも考えました。

東日本大震災の直後、買い占めやデマや差別などがありました。

そんな事を思うと、関東に来る地震がどれほど大きなものかと恐ろしくなります。







2012年10月27日土曜日

☆人と心★心のバランスを崩してませんか☆




人には、生きる権利もあれば死ぬ権利もあるのかもしれない。

でも、死ぬ前に残された人たちのことを考えて欲しいです。

この世に価値のない人間なんてあり得ないし、人はそれぞれ物理的にも精神的にも回り回って結局は助け合っているものです。




2012年10月15日月曜日

☆セクマイ★配慮が足りない☆


先日の島根の男装女装コンテストが中止になったことと、GID(性同一性障害)の自殺・自傷者数が増えていることなどを話しました。

コンテストのことは、紫の風という団体が、大学側にクレームを付けたわけですが、確かにあのニュースだけを見ていると過剰反応に思えるかもしれませんが、実際のところ何があったのかは誰もわかりません。

何年も開催されていたコンテストに「GIDへの配慮が足りない」とクレームを付けたわけですから、それは開催したことが配慮に欠けているわけではなく、コンテストを行なう中で配慮を欠いた事を行なっていたのでクレームを付けたと、捉える方が自然でしょう。

少なくとも、当事者であるGIDの人たちは何も言わない方が良いと思います。


自殺・自傷者が増えている原因は、誤解や偏見などでしょう。そして、そこからリストラされたり…といったことが積もり積もってのことだと思います。(参考

どうすれば、減らして行けるのでしょうね?






2012年10月8日月曜日

☆フリー★デマでごめんなさい☆


最初に言っておきますが、今回のはデマみたいなものです…


8月に行った時、一部だけ線量の高い辺りがありました。少し離れると0.2μSV/h前後なのですが、その辺りは0.5-0.6μSv/hでした。

ただ、放射性物質の抽出が上手く行ってなかったので、今回もう一度行ったのですが、線量が下がっていました。

前回と今回の違いは "ゴミ" 。前回は、しっかりしたものに綺麗に納められて綺麗に積まれていたものが、今回は写真の通り雑然と積み上げられています。

前回のゴミは、放射性ゴミではなかったのか?

我々が放射線量やゴミの問題で、ヒステリックになっている裏側で不法投棄が行なわれているのではないか?

我々がヒステリックになる事で、政府や東電は、隠しておきたいものに触れられなくてよいのではないか? それに絡んで福島の放射線量には作為的なものはないのだろうか?


…そんなことを妄想して、お話ししています。





2012年9月30日日曜日

☆RFP-Live★客観性を持とう☆




ウーマンリブの時代、算数・数学を減らす方向が強まりましたが、理科系の勉強と言うのは客観的に物事を見るために必要な勉強なのです。

正直、残念でなりません。

いじめの枠組みを遥かに越えた事件が起こる昨今、客観的に物事を見れる努力と言う物が必要だと思います。

兵法書で有名な孫子は、「彼(相手)を知り己を知れば百戦危うからず」と言われていますが、これとて客観性が必要です。

この言葉で最も大切なのは己、自分を知る事です。自分を知らなければ相手のことは分らないでしょう。


さらに、孔子が言われていますが、年配者・年長者や周囲の人を敬う事をまず覚え、時間があれば学問をしなさいと言うのが良いと思います。

そういったことから、人の痛みを知ることが出来るようになると思います。

ただ、今の社会を変える訳には行きませんから、自分の出来る範囲でそれを行なって行くしかないですし、そうすれば良いと思います。





2012年9月23日日曜日

☆時事ネタ★生きる事を諦めないで☆




今回は時事ネタの週ですが、自殺防止月間でもあるので そちらを話しました。

最近良く聞く言葉ですが、みんな人生の初心者です。上手く行かない事が出て来るのは当然です。

八方ふさがりになったと思ったとき、冷静になって相談機関に話をしていただきたいですし、友だちが聞いてくれるかもしれません。

自分の周りにいなくても、自分が一歩…半歩でもいいので踏み出せば、きっとどこかに違う何かを持った人に出会うかもしれません。

どんなに八方ふさがりになったと思っても、とこかに抜け道があると思います、どこかに助けてくれる人がいると思います。

生きる事を諦めないで下さい。





2012年9月22日土曜日

☆人と心★「いのち支えるシンポジウム」に行ってました☆




*すみません、本当は23日のAM3:00くらいにアップロードしましたが、都合上22日と言うことにしました。

9月10日に… 東京都「いのち支える」シンポジウム 〜若者の自殺対策を考える〜 …というのに行っていました。

まず残念でしたのはセクシャルマイノリティの事が語られなかった事です。質問の時間にセクシャルマイノリティのことを質問された方がいましたが、そのことを除けば全く何も出てきませんでした。

ただ、自殺・いじめ・差別などは ありとあらゆる場所にあり、あまりにも多いので全てを語れるものではないので、仕方なかったのかもしれません。

さて、自殺対策支援と言いますと、命が関わって来る事だけに難しく考えてしまいがちですが、難しい事ばかりではありません。

私は、オカルト的ですけど運命になぞらえて考えます。運命とは、未来の選択肢を選んだ結果生まれるものだと思うのですね。

だけど自殺を考えてる人は、その選択肢をドンドン減らして行ってしまいます。自分自身で減らすこともあれば、他人から減らされることもあります。

そうやって、未来の選択肢を減らして行った結果、自殺以外方法が無くなってしまいます。

そう考えると、私たちがすべき事は必ずしも難しい事ばかりではないことが分かると思います。

なんでも良いから、未来の選択肢を増やせる事を与えられるといいのです。ツイッターでつぶやいたり、ブログなどに書き込んだりするだけでも、もしかしたら何か違いがあるかもしれません。

必要なのは、誰かが効果的な事をボンッと行なえば良いものではなく、色んな人たちが 色んな場所で 色んな考えで 色んなことをする事が大切だと思います。

(人間は千差万別なのですから、たった1つだけで済むものではないのです)







2012年9月8日土曜日

☆セクマイ★人権フォーラムに行ってました☆


昨日(2012.09.07)の夜、新宿駅西口で行なわれた人権フォーラムに行っていました。

セクシャルマイノリティ(セクマイ)のことも少し出てましたよ。

次回は、セクマイのブースも作られると嬉しいです。


先週も言いましたが、人間の価値は辛い事を乗り越えてこそ得られると思います。

辛い事にくじけてもいいし、振り向いて 悔やんでもいいけど、最期は必ず前を向いて いきましょう。



今月の29日は、Podcast - Live です。





2012年9月1日土曜日

☆フリー★乗り越えてこそ価値がある☆



価値がないと思っても、実際はまわりまわって価値が高められているかもしれません。

人は、自分の気が付かない所で誰かの助けにもなっていると思うのてす。

傷ついて乗り越える、それだけでも価値あることだと思いますし、乗り越えたゆえに他人の痛みを知ることか出来るのも、価値あることだと思います。

自分には、価値がないなんて思わないで下さい。

生きていれば、辛いこともある。でも、その辛さを乗り越えてこそ価値があると思うのです。


私は、小学の時いじめられっこでした。

そのことがあるせいか、今になっても早く死ねるようにと毎日、祈ってしまいます。

それでも、頑張って生きています。

何も成せない人生かもしれないけれど、生きて活きる、それだけでも自分の価値を高めるのに充分だと思っております。